設立趣意書
原子核を構成する基本粒子として1932年にチャドウィックによって発見された中性子は、数年後にはその粒子性とともに波動性を有すること、さらにX線や電子線と同様の回折現象を示すことが検証された。1940年代に入り、安定した中性子源である原子炉が利用されるようになると、中性子を物質の微視的構造を研究するビームプローブとして応用する中性子散乱法が確立した。さらに中性子ラジオグラフィーや即発ガンマー線分析法等が開発されるとともに、基礎物理学として中性子自身の研究も行われている。
中性子は、高い物質透過力、核散乱による優れた軽元素および隣接原子識別力、磁気散乱による高い磁性検出能力、そして非弾性散乱による精密な原子・分子・スピン等の運動状態の観測能力等、比類のない特徴を持ち、今では物理学、化学、高分子科学、生物学、工学等の広範な学術分野のみならず、材料・医薬品開発、製造品検査、元素分析等の産業利用も盛んに行われている。一方、中性子を供給する中性子源は、研究用原子炉に加えて、我が国が先鞭をつけた加速器中性子源も利用されるようになり、さらに先進的かつ効率的な中性子の利用を目指して冷中性子源、ビーム輸送、光学素子、検出器等の装置開発も活発である。
今や中性子の発生から利用までを対象とする新しい学際的研究領域である「中性子科学(neutron science)」は、広範な分野においてその地位を確立しており、新しい研究分野も続々と生まれつつある。現在、我が国は、原子炉定常中性子源と加速器パルス中性子源を相補的に利用できる優れた研究環境を備えており、多数の研究者が活動している。さらに現在、特徴ある中性子研究施設の計画や建設が進められており、我が国は国際的に中性子科学研究センターの一翼を担うことが強く期待されている。
ここに中性子科学の格段の発展をはかるため、学術情報の交換、共通の学術的・技術的問題の解決、国内外の関係諸団体との研究連絡、関連研究者の要望発信、広く国民への啓蒙活動の場として、「日本中性子科学会(The Japanese Society for Neutron Science)」を設立する。
2001年4月1日